南の缶詰

経営オタクの雑記

朝起きたら女の子になっていた

それはある寒い朝に起きた異常だった。私は眠い目をこすりながら起床し、洗面所で顔を洗おうとした。その時ふと目に映りこんできたのは、いつもの無精髭を生やした自分でもよろしいとは思えぬ顔面ではなく、つやつやとした小顔気味の自分でもよろしいとは思えぬ顔面であった。それ自体は異常と言いながらも劇的な変化ではない。しかし、明らかに身体に違和感がある。まず目線が低い。私の数少なく、かつ文字通り長所である高い身長は失われ、元々胸があった辺りに頭があった。次に、髪が長い。たった一晩でこれだけの死細胞を髪や爪に作り変えるような新陳代謝であったならこの足で生物学の新たな可能性を示すためにどこへでも向かうであろう。すなわち自然の摂理を超えた存在となったということだ。この辺りまで認識した所で、私は女の子になったのだと確信した。これがシュタインズゲート世界線の選択なのか神である女子高生の陰謀なのか寝ている間に大掛かりな手術を施工されたのか誰かの身体に記憶を植え付ける実験の動物に抜擢されたのかは判然としなかったが、ひとまず浮き足立ったのだ。夢にまで見たTS!心が浮き立つ!
しかし結論から言うと、この認識は甘いという他なかったのである。

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ひとしきりはしゃいだ後、洗面所で私は独りごちた。
女の子になった私を周りは受け入れてくれるだろうか。
両親は泣くだろうか。妹からはおに、お姉ちゃんwwwと日常会話の度に煽られるのだろうか。諸友人からは最初の頃こそ飲み会の度に慰められるが、そのうちゲームに敗れると一枚ずつ脱ぐという変態的遊戯に発展した挙げ句その場がハッテン場になるのだろうか。いやそれではホモである。この際だからTSに関する議論のうち重要なことを言っておくがいくらTSとして身体は女の子になったとしても男と関係を持てばそれは立派な同性愛者であり、NLとしての扱いを受けてはならないのだ。
だからどうした。今はどうでもいいことなのだ!
受け入れてくれるかどうかは賭けだ。しかし自分の意思でこうなったわけではないから情状酌量の余地はあると信じたい。そうとも。これまでの人生、私は好き放題やって周りに散々迷惑をかけたものだが、全て赦されてきた。今更性別が少し変わったところで特別扱いを受けるはずもないだろう。どうだ。せっかく女の子になったのだ。今まで私が男だと知っている連中におどかしをかけても面白いだろう。しかしいきなり親友に今日から女の子になりました。よろしくね☆などと声をかけようものなら今後の私の性格(キャラ)に影響を及ぼしかねない。ここはもう少し慎重になるべきだろう。そうだ。SNSだ。こういう時はSNSに投稿してその頭の弱さを露呈することにより、周りへの反響を考えない強烈な人間として名を馳せるのだ。それにネットなら多少ははっちゃけても問題ないだろう。もしかしたらこの謎な現象を経験している人もそれを研究対象とする頭の良い研究者に目をつけてもらえるかも知れない。そう考えた私はすぐにスマートホンを開きTwitterのページを更新した。


投稿して自分のツイートを眺めた。どきどきする。私が女の子になったことを世間に知らしめてしまったのだ。一体世間はどんな反応をするのであろうか。しばらく待ってみると返信が来ていた。
XXXXXXXX
@0SPRING2AROMA5 とりあえず脱げ、話はそれからだ。

XXXXXXXX
@0SPRING2AROMA5 女の子?幼女か!?( ゚∀゚)o彡゜幼女( ゚∀゚)o彡゜幼女( ゚∀゚)o彡゜幼女( ゚∀゚)o彡゜幼女( ゚∀゚)o彡゜幼女wwwww

ネットなどを信用した私が馬鹿だったのだ。しかも悪名高いTwitterなぞに研究者がいるわけもなく、いや厳密に言えばいるのだが私のTLに一人だけ。それでもリプライを飛ばしたこともないしたまたま目につくはずもない。というか今更だがこんな話を信じる人間などいないのだ。ネットでこの手のことを告白するとそれはすぐに釣りという悪趣味な部類に篩い分けられる。その明確すぎる現実をようやく味わった。
そして最初の問題に戻る。
本当にこの姿でも皆は相変わらず私として接してくれるだろうか。もしかしたら見るも可憐な名前に変えて第二の人生をスタートするべきなのではなかろうか。それならそれで楽しいのかもしれないが、恋愛に関しては決して成就することはないだろう。私には好きな人がいる。しかしその人は9割方恋愛対象は男性であろう。私はこの時点で、恋愛市場から淘汰される哀れなレモンと化したのであった。


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部屋に戻る。そして日課の掲示板とブックマーク巡りをする。いつもと変わり映えのない日常である。うっかり成人用サイトに飛んでしまった。そしてうっかり右手が……空を切った。この瞬間私は雷に打たれたように硬直した。右手が…空を切っている…だと…?なぜだ。何故私は暇な時に元気な男の子の致す娯楽を楽しめないのか。そして思い出したのだ。私は恋愛対象の他にもう一つ、大事なものを失ったということを。
何もする気がなくなっていた。まさか人生においてここまで必要とされる器官だったとは。私は女体化した自分を呪った。初めて食事制限をされる人間の心を思い知った。と、思ったがそれは間違いであった。彼らは苦しい修行を積むことによってまた好きなおかずを召し上がることができる日が来るかもしれない。しかし私はこの先一生満足にオカズを召し上がることができないのだ。これ以上の苦行はあるまい。今この時点であの世での階級を最上位においてくれなければ私は浮かばれないのではなかろうか。

それから数時間して、私は床に戻ることに決めた。
今は女の体だ。仕組みは分からぬ。やれることをやってみる努力も、もちろんした。所謂知識欲の暴走である。断じて淫魔に屈したわけではない。これは生物学的俗説を実証しようと試みたものだ。しかし、結果から言うと惨敗であった。
体は女の子でも、頭は男。これは不便極まりない。つまるところ、参考文献を参照したところで、感情移入に障害が入る。よって、実験は頓挫するというサイクルを3回繰り返したところで諦めた。本能までは失っていないのだ。何という不便さ。TSものを考えた奴は一度も経験したことないのに違いない。一度経験してからその手の作品を描いていただきたい。この苦労を思い知れ。

こうなったらふて寝だ。ふて寝に限る。ネットではアップロードを要求される上に満足な解決方法は得られない。シャイガイ。いや、元シャイガイの私には無理な話だ。おまけに絶好の暇つぶしはできぬ。それに何分誰にどう説明したら良いのか現段階においても明らかになっていない。それなら一度全ての現実を夢としてしまった方が楽ではないか。そう考えたのだ。
…そしていつものことながらこういう時に限って寝ることができないのである。長短問わずした将来のこと、これまで自分を慕ってくれていた人々になんと説明したら良いのかということばかり頭を巡る。私はこのままで就活はできるだろうか。ゼミで満足に発表、研究はできるだろうか。女性専用車両に入っても文句は言われないだろうか。服はどうすればいいのか。これまでの趣味は。ネットでの自分は。

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この不条理を泣くしかなかった。これが漫画の世界ならばたちまち万事が成功し、何故か知名度も上がって男女問わずしてモテ始め、これまでの自分をポジティブに受け入れた上で第二の人生をあっけらかんとスタートさせてから続編に移っていくのだ。というか早く新刊出せあの作者!
これまでTSものを好んできた自分がその時、当事者意識を持っていたかと問われればその範囲で持っていたと自信満々に答えていたであろう。しかしそれは自分の妄想の範囲を超えることはなかった。いざ実際に身体が変態し、このような半ば生き地獄を味わっている今としては、あの時の、もっと言えば起きたての数時間前の自分でさえ甘甘と言わざるを得ないのだ。

もし私が女の子になりたいなどというしょうもない願望を抱かなかったらこのような目に遭っていなかったのであろうか。女の子になってファンタスティックな世界に飛び込みたいとかそんな夢物語を黒歴史ノートに記述していなければそれも紙ゴミと一緒に葬られていたであろうか。むしろそこまで叶えてくれていたら良かったのだ。プリティでキュアキュアな姿になって魔物に喰われて終わればそこまでは非常に楽しいだろう。何故次元は変わらんのだ。今もう一度願いが叶うのであれば、もう一度時間をやり直したい。TSにハマる前の馬鹿な私を、この姿になる前に何としても止めてあげなければならない。カムバック私!

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音ゲームのお気に入りの目覚ましで目を覚ます。どうやらパソコンで作業中に眠ってしまっていたようだ。パソコンの時計を見ると、記憶にある時間より14時間も遡っていた。次に画面を見ると、はてなブログの記事が書きかけになっているようだ。タイトルは、『朝起きたら女の子になっていたい』

……
私は黙って部屋を飛び出して階段を駆け下りる。睡魔なぞ欠片ほどもない。鏡だ。今私は鏡を欲している。決して眠たい目をこすったりしない。いや、してはいけないような気がした。
洗面所に入り、思わず目を固く瞑る。一世一代の賭けの結果を見るかのごとく、恐る恐る目を開けてみると、そこにはいつもの無精髭を生やした自分でもよろしいとは思えぬ顔面が涙でさらに世間ではお見せできないような体たらくになっていた。それを確認した瞬間私は雄叫びを上げた。そしていち早く人生の娯楽、一生の相棒を確認する。ある。私は勝ったのだ。対戦相手もスコアも分からぬが、私は確かに何かに打ち勝ったのだ。恐ろしい体験であった。二度とTSものなぞ御免だ。

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涙を拭き、コーヒーを飲んで落ち着いたところで、再び部屋に戻った。まだパソコンがつけっぱなしだ。
『朝起きたら女の子になっていたい』
なんと縁起でもないタイトルだろうか。忌々しいことこの上ない。お前が半分犯人のようなものだ。私の勘違いした視点を是正すべくはてなに呪われていたのかもしれない。削除してやろうかとも思ったが、考え直した。私のように勘違いしているオタクはこの世にもっとたくさんいるはずである。その浅はかな思いを、私の経験によって打ち砕いてくれよう。私はタイトルを少しだけ削り、本文を書き出したのであった。

~Fin~


あとがき:
なんだこれ。メッセージ性もユニーク性も皆無なんだがどうしてこうなった。
掃除中たまたまキョン子本を見つけて勢いのままに書き出して何か変なテンションになってそのまま突っ走ったらこうなりましたごめんなさい。
あと自分の語彙力を試したかったのですが想像以上にボキャ貧で参りました。
そしてTwitterのネタツイートに乗ってくださったフォロワーのお二人、ありがとうございました。無駄にリアルにすることができました。
最後に、この記事はフィクションであり、実在の人物・団体とは一切関係ありません。
たまにはこういうのもいいっしょ