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南の缶詰

経営オタクの雑記

経営学の虚学性について考える~経営学書とビジネス書の違いとは~

さて、急な話題だけどもしかし最近気になっていることなので記事を書きたいと思った次第。

経営学とは虚学なのか?という点についてだ

というのも、自然科学とは違って社会科学全般は人(や組織)を研究対象として統計活動や分析、そこから派生して理論構築や将来あるべき姿の模索などを行っている。しかし物理と違って相対的によしとしなければならない部分も存在するしそれがこれら一帯の学問領域の限界だとは思うのだが、それがすなわち虚学と言えるのだろうか。
もっと経営学に絞った話をすると、組織論や戦略論なんかが最も顕著に現れるところかもしれない。構造やそれらが成立に至った過程を学び、さらには実例を加えつつその理論の正当化を図っているものだが、それらはあくまでもその日その時その瞬間に観測されたものであり、継続的に流れる市場に参入する企業全般に当てはまるものではない。すなわち机上の空論であると呼ばれるものである。

そこで"使える経営学"という触れ込みで世間一般に流通しているのがビジネス書である。ビジネス書は経営学の理論のうち実際のビジネスの場で使えると判断されるものが形を変えて掲載される。時間管理や人材管理といった管理論的なライフハック術からドラッカーや偉大な経営者による思想的な本までを一括りにしているが、それらは果たして"実体を持つ経営学"と言えるのだろうか。
ここで一応、我々学徒や院生が学ぶケースワークを含む学問としての経営学を理論経営学、ビジネス書やコンサルタントのセミナーによる指導を以てビジネスに活かしていこうと画策している経営学を実体経営学と仮に呼称することにしよう。理論経営学では上記の通り、あくまでも企業を研究対象として時系列を介さずに通念として挙げられる事象を分析し、理論付けること、及びそれらが正当性を持っているのかどうかを議論するものとして存在しているのに対し、実体経営学では、いかにしてこれらを活用して少しでも多く金を稼ぐか。また、これらの方策が正しいかどうかはその企業毎によって違ってくるために、他者との交流によって存在の変化はない。これらが大きく違うところであろう。

さて、そこで経営学とビジネスにおける経営学を混合している例がたまに見受けられる。それは社会人におけるネット上での言及に留まらず、いかにも我が学内の学生にも存在する。実際の経営を取り扱っているのだから仕方のないことだとは思うが、これら二つは全くの別物であるので、せめて現在学習中の学生たちにくらいは理解しておいて欲しい。少し話題がずれたが、理論経営学には周りのケースワークを用いて議論が行われ、理論としての正当性の有無、より自然に存在するものが正義と認められる形態であるために、その虚学性が時たま叫ばれることになる。(正直これらの議論は経営学ではなく経営学学であり、学問を学問している人たちは暇だなぁと思う次第で。正当性を持ち合わせているかどうかを議論するよりも存在する資料なり何なりと見ればいいのにとは思います)
さて、そこで実学として存在するのは理論経営学なのか実体経営学なのか。この二つについて考えていきたいのであるが、如何せんこれを書いている俺自身が実体経営学についてそれほど詳しいとは言えない。
もちろんあらゆる場面でビジネス書やビジネス雑誌は目にする。はてなブックマークでもよく見かけるしその中で経営学の理論が使われているところを見るとやはり実際に役に立っているのではないかと思ったりもしている。しかし肝心なところで俺には決定的な欠陥が存在する。それは社会に出たことが無いという逃れようのない事実である。
こればかりはこれからの話であり、実際に社会に出て体感するべきことなので、より本質に近いものはどちらなのかという結論は今回は出さないことにしよう(というか出せない)。
従って残りの理論経営学の観点から言えば、経営学の虚学性というのはある程度認知されるべきなのではないかと思われる。虚学だ虚学だと言う人の意見も一理あるというわけだ。それは、理論経営学が生成されて通念となるに至るにはそれらの根拠となる事象が存在しているのであるが、国や文化、さらには経済状況によって大きく変化し、その中でいかに生存してきたのかという企業の論理を用いているからである。しかもそれに大きな要素を与えているのがである。
それを言っちゃあおしまいだよと言われるかもしれないが、生き残っている企業、もしくは大発見をして躍進している企業は、何も後々発見される理論を用いていたわけではなく、ただの偶然によって支えられているケースも少なくないのだ。その一例としてP&Gのアイボリー石鹸を挙げる。
公式HPには書かれていなかったが、アメリカで作られたこの石鹸は"水に浮く"というものであった。それは狙ってやったものではなく、工場の従業員が薬剤の撹拌を過剰に行ったため、固形石鹸でありながら中に空気が入った所謂不良品が入ったものがたまたま出荷され、それを使用した客がバスタブに石鹸を落とした時に"他社のものとは違って浮いてきた。同じものを売ってくれ"というようなコールをP&Gにしたという。最初は何故浮いてきたのか、原因が分からなかったものが、作業工程を調べていくうちに判明した。それから、同じものを生産し、中に空気を意図的に入れることによって、水に浮く石鹸を売る石鹸屋としての地位を獲得したのだ。
こうした偶発的な存在が今日の企業を支えているという例も他にもたくさんあるのである。そしてこれらの事例を基に作り上げられた理論は、当然のことながら使える場面というのは限られてくるものである。上記の例は経営戦略論のある一つの事例であったが、全ての企業が同じような発見ができるわけがない。これらの狭い範囲から今現在の企業の分析をしようとしている点から、虚学と言われるかもしれない。
だがビジネス書のような実体を持った経営学も理論から派生している部分があるのもまた事実であり、実体経営学のみを実学として判断している人は、少々視野が狭いのかもしれない。
長くなってきたのでここら辺で終わりにするが、一応最後に言っておくと俺は経営学学ではなく経営学を専攻としており、その研究に明け暮れているために経営学学を専攻としている人ほど詳しくはないので、至らない点は多いかも知れない。この超長い上恐ろしくつまらない記事で奇跡的にも経営学に興味を持ってくれた人がいるのならば、是非上で挙げた二つの経営学について独自に調べてもらいたい。

たまには学生っぽい記事を書きたかった
minami5741でした

出典
・ロングセラー誕生物語 http://jp.pg.com/global175yrs/brand/ivory.jsp
・ヤバい経営学(特に偶発的創造における経営戦略論での講義を使った部分に考え方を引用)

ヤバい経営学: 世界のビジネスで行われている不都合な真実

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