君の名は。中毒患者とその症例 ※ネタバレ注意
「あ、この映画観終わった後は水分補給しておいたほうが良いよ!」
テンション高く、まだ泣き腫らした目を拭うことすらせず彼は一気にまくし立てる。今日はプライベートで誘われた映画鑑賞だが、まさか彼がここまで「君の名は。」に入れ込んでいるとは正直思わなかった。私はこれが初めて見る君の名は。だけど彼は何度も見ているらしい。
映画館を出た時に彼が発した一言目はまさかの水分補給であった。
「そうなの…。」
まぁ私もちょっとうるうると来たからそれもあながち間違いではない。ただ彼みたく号泣するところまではいかなかったのだけど。
「うん!サントリーの天然水が良いね。やっぱり水分補給といえば水だし何よりスポンサーだからね!」
「う、うん…。」
「ヨーグリーナと普通の水どっちがいい?僕はどっちでも大丈夫だけど」
「じゃあ味が付いてる方が良いかな…。」
「おっ三葉ちゃん側か~!そうだよねーそうだよね!」
なんでこんなにもテンションが高いんだろう。いや、確かにアニメ映画でここまで感動するのは私にとっても珍しい出来事なんだけどそれにしても…。
「ねぇねぇさっきの映画でどこが一番良かった!?」
来た!本気でコンテンツを愛してる人がしてくる恒例の質問…。
「え、えと…やっぱりかたわれ時と『すきだ』のシーンかなぁ。」
「やっぱり!?引き立て方がたまらないよねぇ~!一頻り会えた喜びを涙で表現してからのあそこで初めて会うのに初対面じゃないようなリアクション!名前書いとこうぜとか言いながら実際にはその時の瀧くんの心情だけが書かれてるっていうね!まさに気持ちが身体を追い越したんだろうねぇ~!」
その目は、私が知る限りでは狂信者のそれだった。君の名は。にどれだけ思想が込められているのか、初見ではそこまで理解できていないのだけれど、彼はなんかその先までイっちゃったらしかった。
「いやぁ何回見ても思春期時代の感傷を刺激されるよ~!なんていうかね、一回観るじゃん?」
「うん。」
「それで、うわ何これすごいすごいってなるじゃん?」
「うん分かる。」
「そうなるともう次行くしかなくなるよね。」
「う、うん……。」
「二回目見るとね、夢灯籠…あ、オープニングのところね、もうあの時点で泣くよね」
「えっ」
「ええ!そこまでネタバレしちゃって良いの!?って感じなんだけどでもあれがあるからこそ周回視聴勢を救ってくれる!」
「ぅん…。」
「絶対二回は視聴をおすすめするよ!何ならチケット代出してもいい」
「い、いやいやそれは自分で観に行くから流石に…。」
今日だって彼に出してもらっているのだ。何かすごい良い映画だから是非観て欲しいって。出すからって言われて来たのだが。まさか鑑賞後にこんな状況に陥るとは思わなかった。
「BGMも神がかってるよね~三葉のテーマなんか何回聴いても泣いちゃうからね!」
「あ、サントラも買ったの?」
「勿論だよ!!車の中で聞いては泣き家で聞いては泣き、仕事の昼休み中ラジオ聞いてたら流れてきた前前前世で泣くからね。」
「おおぅ」
「スパークルなんか来た時にはもうダメだね。ティッシュがなくなる。」
「そこまで!?」
「あぁ、うん…。カラオケだとスパークルさ、間奏が250秒じゃん?」
「知らなかったんだけど。そうなの…。」
「その間奏の間の台詞全部暗記してるから一人で再現してるからね」
「えぇ…。」
「なぁにパンフレットと小説版君の名は。とアナザーサイド:アースバウンドと公式ビジュアルガイドとユリイカとFebriとアイスクリームくらい揃えたら誰だってそのくらい。」
私は恐ろしいほどにまで熱を上げる人と映画鑑賞に来てしまったのかもしれない。ダメだ既についていけなくなりつつある。
「なるほど…。君みたいな熱心な人が多いからこの映画はよく売れてるんだね。」
「僕なんか全然だよ!まだたったの7回しか観に行ってないからね!瀧くんが持ってる単語帳の中身まだ把握してないからね!」
「はい?」
「やっぱり観るからには細部のところまで隅々までチェックしたくなるんだよね!BD出たら絶対買うしすり切れるくらいまで見込むつもりだけど」
何故だろうか。彼の目が据わっている。
「この作品はね、死にたくなるほどの感傷を与える代わりに無限に広がる安寧を約束してくれるんだよ。」
「へぇえ」
「思春期時代の思い出に苛まれるもよし。僕のようにそんな思春期時代がなかった人間が有り得た可能性について悶々とするもよし。楽しみ方、あるいは受け取り方はその人の人生が全て反映させるものなんだと思う。」
「はい。」
――――――
映画館が入っている商業施設には当然フードコートもある。私たちはそこに場所を移した。
「だからね、日本人という括りではなく、"たった一度であっても青春を体験した全人類向け"の映画なんだこれは。」
「私コーヒーフロートで。……ほう。」
彼の演説に相槌を打ちながらもしっかりオーダーは通しておく。飲み損ねかねない。
「高山ラーメン……。を本当は頼みたいところだけどここはせめてパンケーキくらいにしておこうか。」
彼もオーダーする。さっきポップコーン結構食べてたと思うんだけど。
「あとあのエンディングだけどさ、ちょうどいい感じにあとを引く終わり方だからこそ、二次創作も捗るんだよね~!」
「え、書いてるの?」
「勿論!書いてるし色んな人の二次創作もチェックしてるよ!」
薄々感づいてはいたが、ガチ勢だった。それこそ入れ替わった時の瀧くんのようなため息をつきたくなった。
と、恐らく突っ込んで欲しいのだろう。自分が書いた二次創作について。
「ち、ちなみにどういうのを…?」
そう言うと待ってましたと言わんばかりにスマホを操作したかと思うと、私のスマホが通知に震えた。彼からやってきたラインの通知だ。そこにはこう記されてあった。
「
www.pixiv.net
」
「おめぇこれBTTFじゃねぇか。」
思わず素が出てしまう。私はBTTFの大ファンなのだ。大ファンたる故に、キレた。
「二次創作というものはあらゆる制限から解放されるんだよ。そう!作品と作品の垣根さえ超える!」
「バカにしやがって!!」
「そのリアクション今まで見てきた中で最高なのでは。」
「もう二度とあんたと映画なんか行かないからね!」
「あ、それは所謂フラグというものd」
「うるさいわアホ!」
そう言いながらも、私は着実にこの男が今まで宣ってきたことの数々に取り憑かれ始めていた。
恐らく、明日か、一週間後の土曜日にはまた行くだろう。今度は絶対一人だけども。
君の名は。中毒患者とその症例、それを痛感させてくれた。
そんな彼の名は――――――――――
minami5741でした