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南の缶詰

経営オタクの雑記

文庫Xは文庫Xとして売るべきだった

文庫Xご存知だろうか?私はちょっと前めざましテレビでその存在を知った。

詳細はこのリンクに詳しいので是非
mixuply.com


このリンクにはネタバレは辛うじて避けられてるので文庫X未見で閲覧しても大丈夫である。

私は最寄りの書店にて発見した為にそこで購入に至った。
が、残念なことに当初盛岡市のさわや書店で売られている形態に無かったのだ。


今はタイトルにネタバレがされている


これがいかほどの衝撃か、文庫Xを文庫Xとして知りたい本好きの諸君らには解説するまでもなかろう。有り得ない。

最初は書店員のレビューを兼ねて値段以外の情報が分からないように工夫されたブックカバーの上にラッピングがされることによって立ち読み不可の冒険的著作として名を轟かせた。
しかしそれが広まるにつれ全国で販売されるに至ったものだが、その際にブックカバーはコピー状態で上からかぶせられた上、タイトルは帯に書かれるに至った。

つまり当初書店員が付けた付加価値を失わせたということである。


私は基本的に本の中身は知った上で購入したい人間である。大方そうであろう。
だが、たまにはこういった変わり種を所望したいのもまた読書好きの願いであることも知っておいてもらいたい。
それは"中身が不明な点"に最大限の価値を置いているものであり、中身が分からないからこそ普段自分が好んでいるジャンルから遠ざかって新たな門戸を開く契機としたい欲求から来るものなのである。


それがこれでは台無しである。



既に述べたが、ことこの文庫Xに関しては決して購入するまで中身が分かるようになってはいけない一品であると思う。
それはこのカバーを付けた書店員の愛情を踏みにじるものであり、ひいては中身が分からないからこそ購入に至る人間への機会損失と見て間違いはなかろう。
一体誰がこのような野暮極まりない決めつけをしたのかは定かではないが、失策と言わざるを得ない。


文庫Xは文庫Xとして売るべきだったのだ。


無論異論は認める。中身が分かってこそ購入に至るというのは道理だ。

だがしかし、たまにはこういう遊び心が満載な本があっても良いのではなかろうか。それも小売店の在庫処分たる「福袋」とは違い、純粋にオススメしたい本を自分の言葉を用いて推してくるこの姿勢には原作者への敬意と本への愛情がよく見えるではないか。
そういった形に購入者たる私も応えたいと思うし、書店員が本気で勧める本というイメージが更に増幅され、否応にも期待が高まるのである。そして面白いのである。



こうした試みはもっとあっていい。そして今度こそ買わなければ分からない中身にしてもらいたい。
SNSが発達しても決して毎回ネットでネタバレされるわけでないことは去年のシン・ゴジラ映画レビューで明らかになった。
あとはその流れ。ある意味では完璧に空気を読むということがどれだけできるかだ。今後も期待している。

アニメの評判を聞いてから幼女戦記を買ったminami5741でした。