創作世にも奇妙な物語「おっさんレンタル」
世の中、実に便利なもので色んなものがレンタル出来るようになりました。ビデオ、CD、漫画、家具、家電、果ては高級外車まで。
このレンタルの起源は1887年、あの電話を発明したことで有名なグラハム・ベルが有料で企業に貸出をしたことに由来していることはご存知でしょうか?
まさかベルもここまでレンタルという業務形態が広がるとは思っていなかったことでしょう。
さて、そこでひとつ提案なのですが今これをご覧のあなた、少し変わったレンタルはいかがですか?
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「おっさん……レンタル?」
とあるサイトを見ながら私はただ途方に暮れた。
私の眼にはおっさんをレンタルしてくれるという一風変わったサイトが映っており、見れば大概の事は1時間1000円で貸してくれるとのことであった。サイト上で希望のおっさんを選び、お金を支払っておっさんからの挨拶、集合、そして希望のサービスを受けられるとのことであった。勿論遠方の場合はレンタル時間にカウントされる。性的なサービスには応じていないなどと至極まっとうな事がルールに書かれていた。
「でもどうしようってのよこんなの……!」
友人が教えてくれたサイトだったが、正直半信半疑だった為に本当にこんなサイトがある等とは思いにもよらなかったことから、ここに書かれているおっさん達の使い道が予想できなかった。
「まぁ一過性のブームでしょ。私には関係なさそ」
鼻で笑いそう独り言ちると、私はスマホをスリープ状態にしてベッドに潜ったのだった。
おっさんレンタル
『全国の女性の間で、おっさんのレンタルが流行中です』
『大手商社は国産のみならず海外産のおっさんの輸入過剰により貿易赤字を記録するなど、おっさんレンタルは貿易問題にまで発展しており……』
『AIのブームは急速に廃れ、おっさんがあらゆる業務の代行を時間給で行うなど各地でその活動が注目され……』
「なんなのよこれ……。」
通勤途中の女性車両を見て私は思わず声を上げた。
女性だけが入れるはずのその車内には溢れんばかりのおっさんが詰め込まれていたのだ。勿論、他の車両は普段通りおっさんが詰め込まれている。
「あの……!ここ女性専用車両ですけど!」
私はドア近くに陣取っていたおっさんに訪ねた。
「すみません……。現在業務中ですので」
「私は被レンタル中の身分で現在、通勤中です」
「右に同じ」
周辺のおっさん達が一人目に合わせるようにして口々にそう言った。私はといえば勿論混乱していた。女性専用車両というのに女性は私ただ一人である。
「だ、だからって女性専用車両に入るなんてこと……!」
「普段の行動を丁寧にヒヤリングして、極力その行動方針を変えないのが我々のポリシーですので」
「今時は他レンタル会社も増えてユーザーの方々のお声に応えなければ、厳しいのですわ」
「これでも日給で1万円以上出るとなれば、やらざるを得ません」
次々におっさん達の悲鳴が聞こえてくるが、それを聞き流しつつも身体を入れる。うわっ…すぐそこにおっさんが……!というか普段のみんなはどうしたのだろう……?
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「おはようございま……」
そこで言葉を止めた私が見つめていたのは、普段と変わらない男性の課長と副課長、係長と、そしてその他大勢のおっさん達。
「「「おはようございます」」」
私の中途半端な挨拶に、おっさん達は声を揃えて返してくる。
その異様な光景を見て私は思わず課長のもとへ走った。
「課長! どういうことですかこれは」
「どうしたもこうしたもないよ。皆レンタルしたんだ」
「レンタル?」
「おっさんを」
マジか。
「ここ!保険のコールエンターだってみんな分かってるんですか!?」
「無論我々も最初は止めたよ! ……しかし最近の情勢は上の連中も理解していてね。女性職員の希望ともあれば、こうして臨時に雇う他ないんだよ」
課長の言葉に今度こそ私は絶句した。
どうやら今日の通常業務は、正しく紅一点となった私以外おっさんに囲まれて行うことになるだろう。
「もう散々よ! お茶もランチも一人だしあいつら気は遣えないし、しかも女子トイレにまで入ってくるのよ? 信じられない!」
「まぁまぁ! おっさんだってボランティアみたいなもんなんだしさ少しは大目に見てあげなきゃ! ……ていうか恋那はおっさんレンタルしないの?」
「しないよ! なんでおっさんレンタルしなきゃ……」
「えええ! 便利よ……。おっさんが働きに出てる間私は習い事二つ増やして別のアルバイトやってたりするし」
「ほんとに!?」
「おっさんレンタルが流行ってるってニュース見てからだけどね……。でも一回味わったらもう逃れられないわ。恋那もやってみたら分かるって」
「私はしない……。たぶんしないと思う」
初めておっさんレンタルの浸透ぶりを思い知ったこの日は、これまでの友人との電話で初めて共感できない会話となった。
『おっさんを自社で通常業務で労働させている時間を利用して株式売買を行っていた女が脱税の疑いで本日書類送検されました』
『おっさんを中継した詐欺が現在流行しており、警察は一斉におっさん利用詐欺対策強化月間を設置し……』
『俄かに持ち上がってきたおっさんレンタル利用犯罪類。社会は一体どこへ向かっているのでしょうか?』
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「ふぅ……」
私は朝9時に起床してゆったりと風呂に浸かる。出勤は既に「通勤用おっさん」と「業務用おっさん」の二人で賄っている。ちなみに業務用は時間外勤務4時間までを保証してくれる。
しかも今月は貯金をはたいてプレミアムおっさんレンタル会員に登録した。これをしておくと24時間以内に同時に5人以上のおっさんをレンタルできるのだ。おっさんレンタルユーザーとしては登録しない理由がない。
今もそのおかげでこうして充実した朝を迎えられるのだから。
「おっさんレンタル……最っ高~~!」
思わず湯船の中で腕を広げながら叫ぶ。
私は最初に話し相手としておっさんを1時間だけレンタルしてから、その魅力に溺れていった。
まず逆におっさんの世話をしなくても良いし、こっちの言うことは何でも聞いてくれる。ジョークの上手いおっさんはすぐ笑かせて和ませてくれるし、料理の上手いおっさんは仕事に疲れて帰ってきた私をいつも出迎えてくれた。映画趣味のおっさんは私が知らない映画を面白く解説してくれたし、掃除用のおっさんは掃除だけでなく私が一人でも出来るようにと掃除のノウハウを教えてくれたのだ。マッサージ用のおっさん、買い物用のおっさん、急な病に倒れた時に病院を手配してくれるおっさん、年老いた親の見舞いに行ってくれるおっさん、そして仕事をこなして着実にキャリアアップを図ってくれるおっさん……。沢山のおっさんが、私の生活を全て代理していた。
今や私にとって、おっさんはなくてはならない存在となった。
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「ご家族は……?」
意識が混濁し、最早誰が何を言っているのか分からない状態の私を横目に、医者はレンタルされたおっさんを見やる。このおっさんは一応見舞い用だ。
「……私が知る限り、無縁です」
「となると、最期を看取るのはどうやらあなたのようですね……」
「私はついさっきレンタルされたばかりですが」
「しかし悲しい世の中になりましたね。……最期の瞬間に立ち会われるのが赤の他人とは」
「お医者さま。それは違いますよ」
「はい?」
「私は今、この南恋那の家族としてレンタルされています。……つまりこの瞬間だけは、確かに家族なのです」
「……」
おっさんの一言に医者は何も言えないようであった。少し目を晴らしているようですらある。
「あなたのプロ意識にだけは、負けますね」
「いえ……」
「では最期に声を掛けてあげてください」
「……恋那さん」
「……」
「あなたに雇われて私は、幸せでした」
「おっ……さん……」
思えば、途中からおっさんとの記憶しかないような気がする。私の脳内にはおっさんとの楽しかった日々が思い起こされた。一緒に教えてもらった料理を作ったり、サッカー観戦に行ったり、途中から書道なんかも始めちゃったりして、それもおっさんがリードしてくれたっけ。
「ありが…………とう……」
溢れる涙が零れおちたと同時に、一人の人間はこの世を去った。
「2時39分。……ご臨終です」
「そうですか……
「残り29分でした。料金は分割にして残金483円を南様のお口座に振り込ませていただきます。ご利用ありがとうございました」
呆然とする医者をよそ目に、レンタルされたおっさんは病室を後にしたのだった。
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「あなたも、被レンタルですか」
「ええ。遺言にそう書かれていたものですから」
「では一緒に参りましょうか」
南恋那の葬式には100名を超える参列者が集まっていた。その参列者は全員中年の男性であったという。
~創作世にも奇妙な物語~End
あとがき
レンタルするということは同時に返す手間をかけられるということです。
借りている間に本当に心が通じ合うかは分からないものですよね。
おっさんレンタルを聞いて真っ先に思い浮かんだのがデート商法です。まぁあれはどっちかというとおっさんがターゲットですがね。
子宮を全摘出する手術の立会人に「おっさんレンタル」を頼んだ話 - Togetterまとめ割とマジで世にも奇妙な物語が現実になってる感ある
2017/02/28 22:00
↑このまとめを見て、またブコメを付けて思い浮かびました。どうもありがとうございました。
minami5741でした